日記

神社でおまいりする時に、よくお財布からいくら出そうかなとまよいます。

小さい頃は 「ご縁がありますように~」 ということでよく5円をお賽銭箱に入れてました。

「十分ご縁がありますように~」 ということで15円入れたり

じゃあ

「ご縁 × 10倍」 ということで50円入れたり

まあ、いくらでもよいといえばいいわけですが、気持ちやし。

ただ、毎日のお参りではなかなか「500円」を手放す勇気のない小心者のわたしです。

時々、お財布をあけてキラキラ輝く500円玉が、「私をすくいあげて~」と言っているような気がするときも

いやいや、あんたじゃないよな~と別の子にしたり

けど、そんな時にかぎって事件が起きるのです。

電車に乗ってお出かけしたりして、往復切符を事前に買っていたりすると

帰りの電車の切符が、どうしても見つからない時があって

あせって探せども探せども見つからない。

結局あきらめてもう一度無駄なことしてるな~と思いながら泣く泣く切符を買うとそれが500円の切符だったりする。(結局あとで見つかるんやけど)

あの時にけちったから、結局500円ここで使うことになるんか~。

みたいな。 で

今朝のことです。 走水神社におまいりに行ったとき

なんだか、そうや今日はおさいふに手を入れて、最初につかんだお金をお賽銭にしよう! と決めました。

本殿のお参りを済ませて、摂社の稲荷神社に行ったときのことです。

私の手にはさまれて出てきたのはキラキラ光る500円玉でした。

お~。

さようなら500円玉。 今日はいったい何が起きる?

つづく

 

 

オーラソーマ

中将姫は當麻寺で修行していた頃

薬草の知識を学び、庶民に施していた。らしい

中将姫がお母さんにいじめられ、山に捨てられ、その後助けられて當麻寺に身を寄せることになるのですが

その前に身を寄せた家が、奈良の藤村家で

そこは、今はバスクリンで知られるツムラ(以前は津村順天堂)の創設者である津村重舎の母方の実家らしく

そこで中将姫が伝えた家伝の薬が中将湯なんですって。

ふ~む。 薬草ね~。

なかなかの人物やったね。中将姫は。

姫が求めたものはなんやったんやろ。

「経」と書いて縦糸(たていと)と読む。

では横糸は?

それは私たちがこの世で織っていく経験や体験なのかな?

深いな~。 教えと体験を融合させて織っていくとどんなものが出来るのかしらん。

オーラソーマ

ハンドケアに来られたお客様がベッドに横たわっている時

ふと、

あれ、今まで話していた人ではなく

まったく別の人が横たわっている、と感じることがよくあります。

そこには神聖な、なんというのでしょうか、とにかくちがう人格を感じるのです。

さっきは、ちょっと子どもぽかったり、ちょっとおしゃべりだったり、ちょっと心配性だったり

確かにいろいろなものに包まれている人間がいました。 でも私がそこに見るのは、その背後にある、もっともっと

どちかというと神性とでもいうのでしょうか、本質とでもいうのでしょうか。

とても美しいその人そのものです。

そして、私はその人と一緒に旅に出ます。 魂といっしょに歩きます。 眠ってしまい何も覚えていなくても・・・

きっと何かを受け取っている。 それがたったひとつだけのメッセージでも、

それは本当に大切なメッセージだと思います。