日記

三木に「カンデカンデ」というレストランがあって

いつ行っても人でいっぱい。

ここも周りはな~んもない田舎の真ん中で

なんで、こんなところに人がいっぱいやってくるんやろうと思う場所。

確かに地場の野菜中心のバイキングはおいしいし、けど

それにしても何かある!と私はにらんでいる。

実は明治の頃

ここには大きな屋敷が建っていた。

中国人でのちに日本に帰化した呉錦堂さんという人の屋敷で

彼はまずしい農家の長男に生まれ

あまりに貧しくて飢え死にしそうになって上海に行き、商売のセンスをみがき

日本にやってきて貿易の仕事で大成功し

垂水にある八角堂(孫文記念館)を建てた人物。

調べれば調べるほどすごい人で

荒野であった三木の土地を開墾し、水をひき、多くの人をやとい救って

祖国には学校も建てたし、多額の寄付もしている。

つづく

 

 

 

日記

時代は変わり、蔵は古くなったんで建替えられることになった

建物はあたらしくなったけんど

見えない道だけは残った。

五平さんと同じようなエネルギーを持った嫁さまが選ばれてやってきたわけやから

嫁さまは、やっぱり蔵にいて

嫁さまに会いにいろんな人がやってくるようになった。

見えない道が導いているのか。

嫁さまのエネルギーにも惹きつけられて人はやってくる。

 

五平さんはひょっとしたら、見守りながらこう言っているかもしれない。

「なかなかいい嫁が来てくれたもんじゃ、なかなかがんばっておるようじゃ」

 

ここに来るとみんななぜかほっとする。

で、元気になって帰っていく。

軽くなって帰っていく。

「嫁の由美子はえら~いもんじゃ」

「しかし、無理だけはせんといてもらわな」

ゆみこさんち 001 (三木市口吉川町のサロン)

五平物語 お し ま い

 

 

 

 

 

日記

ふたむかしも前のことさ。

働き者の五平さんが畑で一生懸命働いておったんだけんど

ふと

「おらあ、これから人様を助けていくべ」と決心した。

それはまるで神様から何か頼まれごとをしたようなそんな感じだった。

それから五平さんは村の仕事もするようになって、お金持ちにもなって、家には蔵もたった。

その蔵に、だんだんと人が集まってくるようになった。

「あそこの蔵に行ったら、なんだか身体が楽になったんじゃ」とか

「あそこの蔵に行ったら、なんだか楽しかった~」とか

なんせ人を喜ばせることが好きだった五平さんだったから

相談にのってあげたり、人の話を聞いてあげたり

うわさはうわさを呼んで、ますます人がその蔵に集まるようになったんだと。

蔵は人であふれた。

まるで見えない道があって、その道を通って人がやってくるようじゃった。

でもいつしか時代は変わり、五平さんもいなくなった。蔵だけが残った。

五平さんの子どものそのまた子どもの時代になって

えらくべっぴんで働きものの嫁さまがやってきた。

つづく

(この物語は、ほぼ私の妄想と想像でできあがっております)

 

日記

滋賀県の佐川美術館に行って来ました。

そこには非日常の空間がありました。

第15代楽吉左衞門さんがプロジュースしたすばらしい空間の茶室です。

水に囲まれた茶室で、利休のわびを基本としながら

そこにあるのは斬新な空間。

ここにはカメラも持って入れないし(だから写真もありません)

バッグも持って入ることができません。

コインロッカーにすべての荷物を預けて身ひとつで入ります。

最初はあれ?って思ったけど

それがあとになってみればすごくよかった。

本当に空間の中で休むことができました。

日本のよさとバリの木材、ジンバブエの石などがみごとに調和して

光と水と音と・・・う~ん、言葉では表現できないな~。

 

 

日記

郡司さんがなぜ出雲に住むようになったかはすごくおもしろい。

たぶん2年ぐらい前かな? 出雲大社にお参りしたそうな。

その時に普通の人は入れない敷地にたまたま勘違いして入ってしまったそうな。

で、夫婦で出雲がすごく気に入ってしまって

滋賀県の自宅に帰ったあと

奥さんが 「出雲大社」「古民家」で検索したらたまたま出雲大社から歩いて5分もしないところに本当に古民家が売りに出ていたらしく

あれよ、あれよという間に購入が決まって、そこでベジカフェをオープンしたのが今年の4月。

その場所に住む人はすべて氏子ということになるんだそうな。

まさに出雲の神様に呼ばれたんやな~と思います。