オーラソーマ

この96番のボトルを使い始めて、どのぐらいになるでしょう?

前のブログをチェックすると9月の末から使い始めたので2ヶ月とちょっとになります。
しっかし、この2ヶ月の間にいろ~んなことが起きました。

ある男性がお店に来られて「おっ~、第3の目が開いているのにもかかわらず、
ず~と使っていませんね。もったいないです~」と言われたり

実際にアカシックレコードのセミナーに行ったり、
実に、いろいろ学び、体験し、実感し
そして、ボトルもあと少しとなりました。

わかったことは、自分の直感を信じることの大切さ
自分自身を信じること、聞くことの大切さ

ほんとにボトルを使うことで変化していく自分がいます。
おもしろいです。あと少し、使い終わった時、もう少し変化があるかも。

 

オーラソーマ

志村ふくみさんの書かれた『色を奏でる』 という本にこう書かれています。

「古代の人々は強い木霊の宿る草木を薬草として用い、その薬草で染めた衣服をまとって
悪霊から身を守った。まず火に誠を尽くし、よい土、よい金気、素直な水をもって、
命ある美しい色を染めた。すなわちよい染色は、木、火、土、金、水の五行のうちにあり、
いずれも命の根源より色の命をいただいていたというわけである」

とても心に残る言葉です。

この文章を読んで、化学染料で染めたものでなく
草木染めのものを身につけたくなりました。

今日、陶芸家の先生が来られたので
そうだ、聞いてみればよかった、と思いました。

土をこねて器を作る時、いちばん難しい色って何色ですか?って。

 

 

オーラソーマ

こんなに私達のまわりにはグリーンでいっぱいなのに、庭にも
公園に行っても、そして日本は山の国なのに

葉っぱでグリーンの色を染めることはできない。

と、聞いたとき、昔、そうだ、私もそう思ったことがある、と
思い出したのです。 ハーブ園に行ったときに、友達に言った言葉を思い出したのです。

「ねえ、こんなにグリーンがいっぱいあるのに、緑から緑をつくることができないのよ」

葉っぱをしぼると、
最初はグリーン色をしているのですが、だんだんと茶色のような灰色のような色に
なってしまうのです。

お友達が私のブログを読んで、「色を奏でる」という本に、緑色が染色で作り出すことが
できないって書いてますよ、と持ってきてくださったので、読んでみました。

その本には「緑は直接作り出すことはできないけれど、藍と黄色をかけ合わせることによって
緑が生まれる」と書いてありました。 ほかの色は染まるというけれども、

緑だけは「生まれる」と、表現したくなる、と。

緑は生命と深いかかわりを持っている。私たちも刻いっこくと死にむかうなかで
生命そのものを表したら緑なのではないか、と

やはりイザナギ命の着物がモスグリーンってわけなのですね。

オーラソーマ

淡路島誕生の神話の絵本を作るにあたって、イザナギ命とイザナミ命の衣装は
何色になったと思いますか?

私は「もっとも尊い色は何色だと思いますか?」と聞かれたので

紫かな?と思いました。となりにすわっていた安乎の公民館長も紫やと
思ったと言っていました。

でも、なんとそれは薄いモスグリーン色だったんです。

だからイザナギ命の衣装はペールモスグリーンでイザナミ命は薄いピンク色でした。

古代にあっては薄いピンク色を織るなんてことはとても難しかったんだそうです。
だから古代は赤色の着物の上に、薄い白の着物を重ね着したのだとか。
それでピンクを表現したんですって。

だからか~。巫女さんの衣装は今でも白と赤ですもんね。
「へ~」 
薄いグリーン色は、まさにブルーとイエローがまざりあった色です。
それは神様の意志と個人の意志の融合です。
なんかとっても深いです~。

 

 

オーラソーマ

昨日来られたお客様の選んだボトルにはグリーンがいっぱいありました。

時々、お友達と2人で来られるときがありますが、これも不思議ですが、1人がグリーンがテーマだとすると
必ずと言っていいほど、これはシンクロして、もうお1人もグリーンがテーマということが多いです。

私達の身体でいうと、グリーンというのはハート、心臓あたりの場所になります。

B010「ハートを開く」という言葉をよく聞きますが、けっこう深いですね。
ハートをオープンになんて言葉もよく聞きます。
 
色にはそれぞれの波動があり、バイブレーションがちがいます。
レッドが一番波長でいうと長くって、バイオレットがいちばん短い波長をもっていますが、
一番安定しているのがグリーンと言われます。
だからハートで癒すなんて言葉があるように
ハートをオープンにして、ハートを開いていくと、癒しがおこると言われています。
癒しとは、「愛」
ハートをオープンにするとは、物事を判断しない、大きな視野で見ることではないでしょうか。